2011年1月7日 銀座農業塾成果発表会が行われました。
◆19:00 高安和夫塾長挨拶
有機農業の生産団体である有限会社アグリクリエイトの東京支社長でもあり、プロジェクト以前より銀座食学塾などで食に関する情報発信を行ったり、茨城の田んぼで有機無農薬のお米作り体験を行ってきました。
しかし、茨城では都心部より遠くなかなか都会の人に来てもらえないことから、都会で何か農業に関する情報発信や活動ができないかと考えてきたそうです。
そのころ、会議室を貸してくださる紙パルプ会館の田中淳夫氏と養蜂家の藤原誠太氏に出会い、銀座のビルの屋上でミツバチを飼ってみてはどうかということが銀座ミツバチプロジェクトのスタートだったそうです。
プロジェクトは今年で6年目を向かえ、昨年の収穫量は900キロにも及び、ほぼ完売状態となっています。
そのほかに日本の有機農業の歴史について、それを踏まえなぜ、いま有機農業なのかというということで銀座農業塾を企画した経緯についての話がありました。
農業塾では、単に農業分野の講義を聴講するだけでなく内容を踏まえたビジネスプランとして事業計画書を作成いただいております。
数グループに分けてリーダーの方に社長になってもらい、メンバーさんそれぞれが役割を分担して最終回のビジネスプランコンテストに望みます。
成果発表会では、第一期卒業生でもある斉藤さんと鈴廣の鈴木さんよりお話いただきます。
また、銀座ミツバチプロジェクト田中淳夫副理事よりお話最近の活動報告について講演いただきます。
◆19:30 株式会社銀座みつばち代表取締役 NPO銀座ミツバチプロジェクト副理事田中淳夫氏より講演。
2010年3月8日に株式会社銀座ミツバチを設立し、銀座で始めての農家として農業生産法人を設立いたしました。
日本はちみつ協会によると現在約2500人のプロの養蜂家がいるそうです。
砂糖の自由化前には巣箱に札束を入れていたといわれたほどの養蜂家ですが、近年では受粉媒介者のとしてのミツバチが世界中で不足してことが問題となっています。
幸いにも都会は屋上に熊は来ませんし、また、皇居や浜離宮、街路樹など緑も多くミツバチにとっては生育に適した環境であることが分かりました。
いま、全国でクマが里に下りてきてしまう事件が報道されていますが、山の中に食べ物がなくて里に下りてしてしまうそうです。
日本は約2500万haの森林があり、国土の7割が森ですが、半分が人工林といわれています。
ハチミツは95%が輸入品で国産は5%ほどです。
銀座は400年続く職人の街で、採れたハチミツは銀座のクラブやバーでカクテルにして頂いたり、パティシェの方にスィーツにして頂いています。
銀座で採れて珍しいからではなく、採れたハチミツがおいしかったからなのです。
銀座の文明堂では食の人間国宝の森氏に木の箱にいれてカステラをおつくりいただきました。
素材が単純だからこそ、ゆっくり丁寧に作る、まさに匠の技なのだそうです。
一時期、ハチミツが採れない時期には販売を見合わせて頂きました。
普通ならいつまでにこのくらいの量をくださいとなるのですが、顔が見える交流をすることで、ハチミツが取れないのなら、それまで見合わせましょう、ということで対応して頂いたのですね。
昨年では900キロのハチミツが採れましたが、すべて売り切りました。
また、採れた蜜蝋は銀座協会さんのクリスマスのミサにお使いいただいたり、銀座松屋さんのクリスマスケーキと共に販売し、収益を世界の恵まれない子供に寄付したりと、ハチミツを単に使うだけでなく物語を紡がれていっています。
地域支援もファームエイドで力を入れていることのひとつです。
昨年秋紙パルプ会館の玄関に新潟の五百万石のコシヒカリの酒米をはさがけをしました。
この酒米はホテル西洋で世界チャンピオンの方のレシピでパエリヤに、レストランでリゾットになりました。
銀座のバーやクラブなどが1700店舗も加盟している銀座社交料飲協会(GSK)にもご協力いただけるようになりました。
このような数の協会は世界広しといえども銀座にしかないそうです。
GSKの加盟店88店舗のお店で銀座のハチミツを使用したハニーハイボール略してハニハイを展開していただきました。
銀座の街で夜ハニハイを飲むと、売り上げの一部を銀座の屋上緑化に寄付されます。
楽しく飲んで環境にも役立てようということです。
肝臓には悪くても環境によくなる、というわけです。
ファームエイドでは、佐渡の鬼太鼓が来て、宇和島からは牛鬼が見えました。
昨年は仙台、札幌、福島、名古屋などさまざまな場所でミツバチプロジェクトがスタートしましたが、
今年は小倉の井筒屋さんでミツバチプロジェクトが3月8日にスタートします。
大阪梅田では、農機具メーカーさんビルの屋上でおスタートします。
こうした取り組みは日本国内だけでなく、韓国などでも飛び火い、昨年は世界各地のメディアが取材に訪れました。
今年のバレンタインでは、ハニハイのチョコが銀座松屋さんから販売されます。
これからもこうした楽しい環境の取り組みを通して人々とのドラマを作っていきたいと考えています。
今日はありがとうございました。
◆20:30 ベリベジ 斉藤正明正明氏
1979年生まれ、農家に生まれたけど、農家になりたくなかったそうです。
高校時代生物の授業が面白く、バイオテクノロジーに魅力を感じ大学では作物遺伝育種学の研究室に所属。
当初は大学院を希望していたものの、大学時代の営業のバイトの成功体験により、種メーカーの営業に就職。
仕事を通じて、たくさんの農家さんと知り合い、都市部の農家の恵まれた現状に気づき、就農に魅力を感じるようになる。
脱サラし、2年前の2008年に就農。
6年間種メーカーの営業として農業の現場を体験し、直売をしようと決めていたが、具体的なプランは何も決めていなかった。
直売するなら多品目に育成が必須だが、一人では効率が悪く、直売団体のブランド化についての方法を模索していた。
そんな折、たまたま農業新聞で銀座農業塾のことを知り、いまの自分にちょうどあっていると直感的に感じ受講を決意しました。
同じような志を持っている方なら、情報交換ができたり、人脈を構築できるのではないかと期待していました。
受講してみて、久松先生の講義には、実際に多品目を生育販売している方のお話は具体的で大変参考になりました。
伊藤先生の話は、稲作は儲からないという先入観を覆され、やり方しだいではどうにでもなるということを知りました。
戒能先生のお話は雇用ではなく○△□(←ココが気になる方は、銀座農業塾をご受講下さい!)ということが参考になりました。
津田先生のお話はスーパーのオークワのバイヤーが求めることを系統だてて伝えてくれたので、実際に直売場の交渉に参考になりました。
山本先生のお話は直販のデメリットについての内容もあったのですが、実際に自分がやりたいことを今計画している方法でやっていく自信がつくことになりました。
アグリビジネスコンテストでは、コンビニで直販というプランを立てました。プランをる立てていう途中で、短期的に実現可能な目標ということに気づき、受講中に実際に畑で直売を始めました。住宅地なので、当初から一日二万円ほどの収益をあげ、好感触に自信を持って本格的に始めることになりました。
受講生の方との交流もさかんで、同期の小売店の方には野菜を降ろしてもらっています。
講座前後では、人脈が構築でき、目指すものが見えてきて、自信がついてきました。
実際にスーパーライフさんとの直販コーナーの交渉では、事業計画書を使用し、役にたちました。
銀座農業塾を受講することで、起業の参考になり、受講してよかったと思います。
ベリベジはラジオ、テレビ、新聞等に多数出演しています。
将来的に目指すものは農家の意識改革です。
いま日本では農業自給率を上げようと報道されていますが、自給率ではなく日本の農家の自立率を上げるようにしたほうがいのではないかと思います。
極論ですが、農業で食べていけない農家はどうにかしたほうがよいと感じています。
http://www.very-veggie.jp/index.html
◆小田原鈴廣 副社長 鈴木悌介氏
鈴廣は140年続くかまぼこ屋さんです。
5年前、かまぼこの材料の魚のあらを利用できないかという話があり、子供のころみかん農家があらをもらって肥料として畑に植えていたことを思い出し、肥料としての再利用を思いついたのです。今はみかんを作る人も減って、当初肥料の使う先のあてもありません。
小田原は箱根をいくときのとおり道で箱根登山鉄道の風祭という駅にビール工場とレストランを併設したかまぼこのお土産屋さんがあります。
そこで、工場の土地の横に魚の肥料をビールかすと混ぜました。畑を作りお野菜を作ってもらいました。
農家さんの反応はさまざまでしたが、概して反応もよく、作り続けることになりました。
そこで、ビール工場横のレストランで地元の食材を利用した食材を使ったレストランにしてみてはどうかという案でました。
小田原は海、山、里、川とすべてがオールインワンにそろうコンパクトな町です。
豊かな自然にはぐぐまれ、さまざまな種類のお魚が採れますが、その多くが雑魚として利用されておりません。
小さな魚は魚市場では価値がないといわれていますが、地元の人はおいしいことを知っています。
魚のあらを使用した肥料を使用した野菜も魚もいつどのくらい採れるか分からないので、決まったメニュー出せません。
そこで、売り切れごめんのビュッフェレストランにしてみてはどうかということになりました。
上記のアイディアをビジネスプランコンテストとして発表しました。
さまざまな先生のお話も参考になりましたが、同じプランの仲間が知恵を出し合ったことが大変嬉しかったです。
肥料の名前「うみからだいち」も農業塾の仲間が命名してくれました。
1年半前地ビールレストランをオープンしました。
現在12件ほどの農家さんとのお付き合いがあり、農業を通じての人脈が広がっています。
収穫した果物をジャムにして販売したり、お茶つくり、お酒つくりにも広がっています。
このように命を循環していくことを実感しています。
海、山、里、川の命はすべて繋がっていて、それを人間の都合で切ってしまうからおかしいことが起きてしまうように感じています。
私たちの取り組みは小さなものですが、こうした活動で何かのお役に立てればと感じています。